エリーゼのために

いつか、また逢おうね

チクチク、ヒリヒリ、でも、ドキドキ。

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「件名:◯◯ちゃんの自転車
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 本文:無事にもらわれていきました」

昼間届いた妻からのメールには、この一行のみとともに、娘がこれまで愛用してきた自転車の写真が添付されていた。

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メーカーは忘れたが、確か「2 to 6」という商品名で、2歳から6歳まで長く乗れるという謳い文句が目に止まり、ショッピングモールで実物を確認。そして、その場で注文購入した子供用自転車だ。その名の通り、きっちり4年間乗りまわし、最初は漕ぐことすらおぼつかなかった娘が、最後はハンドルに膝が当たって痛いとクレームを言うまでに成長するのを、文字通り伴走してくれた自転車である。

そのキュートな赤い自転車が、今日、とうとう小さなお友だちにもらわれていった。

 

購入したときは、これから4年も使えるなら十分いい買い物だよねと、妻と言葉を交わしたことを覚えている。あのときは自然と「4年も」という表現を使ったが、今ふり返ると「4年しか」と言えなくもない。予定通りなのに。

事実上サイズがまったく合わなくなったので、乗り続けることができないのはしかたがない。しかし、モノには記憶が結びつく。心の一部が染み込んでしまう感覚と言い換えることができるかも知れない。自転車の残像に、あらゆるシーンとそのときの娘の表情とがいちいち結びついてチクチクする。

家に届いた新品の自転車を前に、満面の笑みを浮かべたこと
広い公園で一本道を一人で往復し、誇らしげな顔をしたこと
一方で、ゆるい登り坂でうまく漕げずに転んで泣いたこと
なんの理由か忘れたが、道端で拗ねて自転車を投げ出してしまったこと
そしてもちろん、初めて補助輪なしで風を切って走って見せたこと

 

大切にしている気持ちの一部を剥がし取られるような、腹の奥でヒリヒリするような感覚を覚える。
でも、この自転車が、また別の2歳の子の、これから始まるさまざまな歴史に立ち会う機会を得たことは喜ばしいことだ。直接目撃することはないけれど、勝手に想像するだけでも少しドキドキしてくる。チクチク、ヒリヒリ、でも、ドキドキ。

自転車の旅立ちに際し、こびりついたサビを落とし、カゴやフレームの汚れを拭き取り、補助輪と押し棒を取り付け直した。思ったより綺麗な仕上がりだ。きっと可愛がってもらえるだろう。週末の早朝は爽やかだった。

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妻が送ってくれたメールは言葉少なだったけど、誰かに伝えないわけにはいかない感情が溢れていた。そして今夜家路につくとき、いつも必ず玄関先にあったその自転車がないことを、僕は確認することになる。